尾崎豊の息子・尾崎裕哉「僕はガラスを割らない。全力で磨く」

記事によると
- 8月23日に自叙伝『二世』(新潮社)を上梓した、伝説のシンガー・尾崎豊(享年26)の一人息子である尾崎裕哉(27才)。
- 小学6年生になると父の楽曲の虜になった。1994年夏にボストンに移住していたが2005年、15才で帰国。アメリカンスクールに通学しながらも、「日本語で歌詞が書きたい」「歌手になりたい」という思いは強まっていった。
- 「父としての尾崎豊とステージ上の尾崎豊は全く違うと母は言っていました。もっとおちゃめで、優しくて、誠実で、とても目がきれいで…。」
- 「アーティストとしての彼と比べた場合、少なくとも僕は何かを演じている部分はないかな。等身大のまま、日常を歌っていきたいですから。父が窓ガラスを割るタイプだとしたら、僕は全力で磨くタイプ(笑)もちろん、父の歌は今も大好きだし、父の歌声にそっくりだと言われるのも嬉しい。その上で自分らしさを追い求めていきたいです」
尾崎豊 – Wikipedia
尾崎 豊(おざき ゆたか、1965年11月29日 – 1992年4月25日)は日本のミュージシャン、シンガーソングライター。青山学院高等部中退。血液型はB型。東京都出身。
概要
1983年12月、シングル「15の夜」とアルバム『十七歳の地図』でデビュー。
破滅的で体当たりなパフォーマンスや自己の内面を抉り出すような赤裸々な歌詞の中で、真実の愛や夢、生きることの意味を追い求め、学校や社会の不条理に立ち向かう心の叫びのようなその音楽の世界が1980年代から1990年代初頭にかけての若者を中心に 多くの人から共感を呼び、カリスマ的存在となる。その作品と活動と精神性は、日本の音楽シーンに多大なる影響を与え、作品に迸るメッセージは死去から20年以上経過した現在でも多くのファンやミュージシャンに尊敬されている。
1992年、あまりにも若すぎる26歳での突然の死は、当時、社会的にも大きな衝撃を与えた。死後20年を過ぎてもなお、尾崎を慕うものは絶えず、新たなファンを生んでおり、彼が遺した曲の数々は多くのアーティストにカバーされ続けている。
ジャクソン・ブラウン、ブルース・スプリングスティーン、ビリー・ジョエル、浜田省吾、佐野元春、井上陽水、アナーキー、甲斐バンドなどから強い影響を受けている。
1992年(平成4年)4月25日早朝、当時の尾崎の自宅であるマンションから約500メートル離れた、足立区千住河原町の民家の軒先に全裸で傷だらけで倒れていたところを住人に発見され、5時45分ごろ、通報で墨田区内の白鬚橋病院に運び込まれる。
診察した医師は「生命に関わることも考えられるので、専門医に見てもらった方がいい」と診断したが、尾崎は妻と兄ともに自宅マンションに戻る。しかし、10時ごろになって容体が急変、呼吸が止まっているのに気がついた家族が約1時間後の11時9分に119番通報。搬送先の日本医科大学付属病院で手当を受けるも、午後0時6分に死亡した。
最期の言葉は「僕、本当に勝てるかな」だったという。
尾崎裕哉 – Wikipedia
尾崎 裕哉(おざき ひろや、1989年7月24日 – )はシンガーソングライター。元ラジオパーソナリティ、音楽ユニット・Crouching Boysの元メンバー。
概要
1989年7月24日 – 尾崎豊の長男として東京都荒川区に生まれる。
1992年4月25日 – 2才の時、父が死去。
5歳から15歳までを母親と共にアメリカ合衆国・ボストンで過ごす。そのため英語が堪能である。
2004年 – 父のトリビュート・アルバム『”BLUE” A TRIBUTE TO YUTAKA OZAKI』に”HIRO”という芸名で、須藤晃の息子・Tomi YoとCrouching Boysのメンバーとして参加、「15の夜」を歌う。
2016年9月4日 – 東京・よみうり大手町ホールで自身初のホールコンサートとなる『billboard classics 尾崎裕哉 premium concertー始まりの歌ー』を開催。ライブ中のMCで「尾崎裕哉」名義としては初の作品となる「始まりの街」を同年9月5日よりトイズファクトリーから配信リリースすることを発表。
2016年9月5日 – メジャーデビューシングル『始まりの街』デジタル配信開始。
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糞みたいなことしか言うてへんガラス割るのがいいとは言わん
はっきり言って、当時からそれをバカにしてきたから
けど、「僕は全力でガラスを磨くタイプ」
こんなこと言うて恥ずかしくないのか?
そうか、そのセンスがないのか
歌いたいこともなく
親に感謝とガラスを全力で磨くボク
しかないような奴が作る歌を誰が聞きたいねん
アホかいな
分割払いでバイク買う
分割24回払いで買ったバイクで走り出す~♪
曲に乗せるとフォークみたいだ
乗らないんじゃないの?
盗んだバイクを磨きだす♪
盗んだバイクで走り出しても その足で城西署に自首する
本人の好きなように自由に活動させてあげて欲しいわ
見てて可哀想
そんな需要はありません
七光りは七光りらしく振る舞うのが幸せ
尾崎は活動期間が短いから、それも難しいのよ。
尾崎に熱狂しているのって、38~45くらいだけだろ。
島田紳助が凄いはまってたのを思い出した
>>63
たしかにその世代には人気あるな
その前後は殆ど…と云うか
人気はあるけどカリスマ人気ってヤツでは無いわ
本人は中学時代から音楽活動していたが
オリジナルでは売れなかったんだろ
行きついたのが尾崎ファン向けに親父の歌をうたうこと
それでしか金を稼げないので仕方が内
ワロタ
褒められるわw
夜に校舎に入ったら怒られるぞ
外から磨くに決まってんだろ
いい子舐めんな
>「テーブルの上のアルバムをめくっていくと、幼稚園、小学校、中学校と成長していく僕と一緒に父が映っているんです。現実にはあり得ないものですが、起きた時は涙が流れていました」
キメているというオチじゃないだろうなあ・・?

はっやいなー
ママが強引に入院を断って連れ帰ったからだよ!
聞きたいって思うよ
お茶噴いたわ
こんな本売れるん?
ぼんやりした顔をしているな
修羅場を知らない甘えた顔
それなら尾崎豊の版権管理業務ですって割り切って生きたほうがいいのに
割り切ってるから今の活動なんじゃね
自分がオヤジの曲歌えば少しはその曲売れて印税が入るし
本当の自分にたどり着けるのだろうか。
全然似てないな
本当におやk
劇団ひとりに似てる
尾崎豊が人気あったのはルックスが良かったのも大きいからな
息子みたいなルックスじゃ人気出なかっただろう
尖った部分を全部丸くしたよな
身も心も
転載元:http://hayabusa8.2ch.sc/test/read.cgi/mnewsplus/1474759134/
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