夫婦でテレビ出演もしていた22人殺害消防隊員・勝田清孝の素顔

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11年間で22人を殺害した消防隊員・勝田清孝の知られざる素顔【大量殺人事件の系譜】

連続殺人 勝田清孝 勝田清孝

記事によると

  • 女性5人、男性3人の計8人が殺害された異常な連続殺人。犯行が、11年間という長期にわたって継続されていたのも異例だ。しかもその間、凶悪な「殺人鬼」の足取りはまったくつかめていなかった――。
  • 1983(昭和58)年1月、勝田清孝(当時34歳)は名古屋市内の銀行駐車場で、会社社長を拳銃で脅しカネを奪い取ろうとしたが、逆に、社長に取り押さえられ逮捕された。これをきっかけに、恐るべき凶悪事件の全貌が明らかになっていく。重い口を開いた勝田は、11年前の殺人をはじめ、計8件の殺人を自供する。
  • 借金やツケで首がまわらなくなった勝田が取った手段は、空き巣や車上狙いだった。やがてそれは、より強引で大胆な手口へとエスカレートしていく。勝田の毒牙にかかり命を落としたのは8人。ただしこれは、立件され刑が確定した犯行で、勝田は実際には22人の殺害を自供している。8件以外の残りの14件の殺人は、証拠不十分で迷宮入りしてしまったのである。
  • ところで、勝田は逮捕後なぜ、迷宮入りしつつあった過去の殺人まで自供したのだろうか。当初は頑なだった態度。しかし、現場検証で捜査員がさりげなく握り飯を分けてくれるなど、自分に対する小さな心遣いに接するうち、良心の呵責にさいなまれるようになっていたのだ。
  • 2000(平成12)年11月、勝田の死刑が執行された。52歳だった。これが20世紀の最後に執行された死刑だった。

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勝田清孝事件 – Wikipedia

勝田清孝

勝田清孝事件(かつたきよたかじけん)は、1972年から1983年にわたって発生した連続殺人事件である。

概要

勝田 清孝(かつた きよたか、1948年8月29日 – 2000年11月30日)は、1972年から1983年まで約10年間にわたり凶悪犯罪を繰り返し、犯行方法も次第にエスカレートしていった。警察官を交通事故で呼び出し、駆けつけた警察官を車で轢き、銃を盗むという過激な犯行にもおよび、1982年10月31日から翌日にかけてその拳銃で、高速道路のサービスエリアから強引にヒッチハイクして乗り込んだ車の運転手を射殺、この一連の犯行で警察庁は「警察庁広域重要指定113号事件」に指定した。
殺人の人数については22件について疑われ、勝田本人も22人を殺害したと自供したものの、14件は確証がなかったため立件されず、確定しているのは8人のみである。なお、勝田の犯行とされているものの多くは初め別件だと思われていた。

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みんなの反応

・取り押さえた社長が凄い!いったい何者?

私も被害者がかわいそうすぎると思う。あってはならないことだったが死刑制度は絶対必要だと思う。

・この人 拘留されて もう 外に出れないのに 車の免許更新を気にしてた 変な奴だった記憶あり

・どうして殺人自供しているのに迷宮入りさせたまま死刑にしたのだろうか?殺された人は浮かばれないだろうに…

・これ、確か映画にも成ったよね!意外に中身が濃い映画だった様な気がしたな!!

・立件されなかった被害者は、本当に可哀想や。

・夫婦でどんぴしゃにでてたやつだな。

テレビのクイズ番組に出てはしゃいでいたのが印象深いね。

・被害者がかわいそうすぎるわ

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テレビ出てたとか本当に頭おかしすぎる(´・ω・`)